Kristinlin

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黄色く見えるそ

それからも強士にとっての茶番はつづいた。美以子はずっと笑顔ではあったものの瞳の色はやはり薄くみえた。二人はしばらく離れ、強士は窓際に立って外を眺めた。月が出ていた。満月だ。やけに黄色く見えるそれはまるで作り物のようだった。誰かが暗い背景にきらきら輝く真円を貼りつけたみたいだった。そう考えるとすべてが仕組まれたものに思えた去K眼圈。強士は子供の頃のことを――雪が降りそうだった日のことを思い出した。神社の境内で俺は目に見えぬ観衆に取り巻かれている気になった。あたえられた役割を演じるよう強制されていると感じた。振り返ると笑いあう者たちは見知らぬ人間で、この茶番に参加しているとも、ただ観ているとも思えた。強士は周の言葉を思い浮かべた。「俺たちは騎士だ。だからお姫様を助けなきゃならない」
 馬鹿げてる――強士はそう思い、周のいる方を見た。

 美以子は隅の方に立ち、かわるがわる声をかけられている実穂を斜め後ろから見つめていた。顔の近くには細長い鏡が嵌めこまれた壁があり、しかし、彼女はそれを見たくなかった。自分の中に意味が多重にあらわれているのを感じていた。それまでに経験したことは有り様を変え、理解しがたいことになっていった。ただ、その方がよかった。事実をそのまま受け容れることは難しかった。複雑で曖昧なものは見えづらいぶん安心させてくれた。
「あれ? 美以子、どうしちゃったの?」
「え?」
 美以子は瞳の色を変えた。舞台に押し出されたかのように自分がすべきことを思い出した。
「どうもしてない。それより、実穂通渠佬、ちょっと顔色悪いんじゃない?」
「そう? まあ、疲れてはいるけどね。だって、朝からずっとよ。いろんな人に『おめでとう』って言ってもらえるのはいいけど、」
 実穂はすこし声を低めた。
「あんまり知らない人もいるじゃない? そういうのの相手するのは疲れるものよ。でも、美以子は別。あんたと一緒だとほっとするわ」
「ありがとう」
 美以子は笑った。自分ではそのつもりでいた。

 店を出てから強士と美以子はしばらくその場に立ちつくした。高速道路の高架下を車が連なっているのが見えた。ビルの窓には意味があるかのように明かりが幾つか配されていた。強士はだらしなく着崩れたスーツ姿で片手をポケットに突っこみ、美以子は姿勢を正して両手に引き出物の大きな袋をさげていた。実穂言うところの「真顔の二人組」はまさに表情を変えず互いを見あった。
「強士くん、すぐ帰らなきゃならないの?」
「あ? いや、」
 強士は時計に目を落とし、息を深く吐いた。
「まだ大丈夫だけど」
「だったら、すこしだけつきあって。私、今日はいろいろあったからまだ気持ちが落ち着かないみたいなの」

 二人は適当な店に入り、ビールを頼んだ。大きな窓の外には白い花をつけたハナミズキが見えた。その奥にはやはり車列があった。ひしめきあう車はずっと見てないと動いていないように思えた。強士は目を細め美以子の瞳を確認した。色は戻っていた。
「憶えてるか?」
 彼はそう言ってビールに口をつけた。
「え?」
「将来なにになりたいかって話したことあるだろ抗衰老? 美以子はピアニストになりたいって言ってた」
「うん。憶えてる」
「ほんとになったもんな。すごいよな。今日、美以子の演奏聴いててそう思った。実感したんだな。十年前に言ったことをほんとうにしたんだって」
「すごくなんてない。ピアニストっていっても私みたいのはそう名乗っていいかわからないくらいだもの」
「そんなことないだろ」

 美以子はなにか言いたく思った。でも、言葉は出てこなかった。首を静かに動かし、外を歩く人を見た。背中が遠くなるまで眺めていた。
「そんとき美以子は言ったよな。俺のこと、小説家になりたいんだって思ってたって。それも憶えてるか?」
「憶えてるわよ、それも」
 ゆっくりと首を戻し、美以子は強士を見つめた。彼の表情は見覚えのあるものだった。美以子は口に手をあてて微笑んだ。あのときと一緒だ。周くんと私はさんざん笑ったっけ。
「なにか書いてるの?」
「まあね」
 ネクタイを引っ張りながら強士はうつむいた。
「すこしずつだけど書いてる。だけど、小説家になりたいってわけじゃない。自分でもよくわかってないんだけど、そういうんじゃないんだ」
「どういうこと?」
 肘をテーブルにつき、強士は前屈みになった。どういうふうに言えばいいかわからなかった。ただ、美以子に知っていて欲しかった。自分がなにをしようとしているか。
「高校一年のとき、美以子は発表会で二曲弾いた。『木枯らし』と『亡き王女のためのパヴァーヌ』だった」
「うん」
「あのときのことを文章にしたいと思ってる。美以子のピアノを聴いてそう思ったんだ。ピアノの音も、ホールの雰囲気も、自分が感じたこともすべて。だけど、なかなかうまくできない。だから、今は違うのを書いて訓練してる。いつかはあのときのことが書けるようにってね」
 美以子は微笑もうとした。強士くんも私と一緒なんだ。あのときのことをずっと思い出そうとしてる。それに別の意味をつけ足そうとしてる。ただ、彼女は表情がうまく整わないのを感じていた。なにかが微笑もうとするのを邪魔してるのだ。


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